アイディアは移動距離に比例するか

最近、夜は気絶するが如く寝落ちして、娘(5才)を寝かせた後アレコレしようと思っていても全く何もできない松永の洋服屋ヨメみちよです。疲れてるのかなー?え?これがoi?え?

今週の月曜日、私にしては遠出をしてきました。
月曜日、お店は営業していますが、私はお休みしていることが多いんです。日頃の雑な家事のフォローや食料品の買い出し、ゴロゴロダラダラ等をする日にしようと去年から月曜休みを始めました。
でも、「家事休み」なんて名前をつけてしまったから、なかなか月曜日に遊びに行くという発想がありませんでした。というか、「家事しなきゃダメ」って思ってました。私の良くない癖です。自分で自分をがんじがらめにしちゃう。

でもその日は、「行かなくちゃ!」って思ったんですよね。遠出できる時間のある日がその日しかなかったということもありますが、「やるんだ!」みたいな気持ちが理性に勝ったような感じだったとでもいいましょうか・・
とにかくその日、私は出発したのです。松永から北へ90kmの庄原市にある白山神社を目指して。

なぜに神社?なぜに庄原?
ざっくり説明すると、改元に伴う人事異動が宮内庁にあるように、神様にも異動があるそうで、この令和の御世のカギを握るのは菊理媛命(くくりひめのみこと)とおっしゃる女神さま。この女神さまが祀られているのが白山神社(日本各地にありますが総本社は石川県)で、夏至までにご挨拶に行くといいよ〜というお話をこの前聞いたので。
またスピリチュアルかって?そう思われても思われなくてもどっちでもいいんですが、初めて行く場所で、それはなかなかな距離と道のりだったので、ナビがあるとかないとかの問題ではなく何というか、もはや自分との戦いでした(大げさ)
「米子(鳥取県)」と書かれた道路の案内標識を見るたびに、「私このまま米子に行っちゃうの?引き返す?どうするどうする?」と不安になったり「いやここまできて引き返すなんてできない!」と自分を鼓舞したりの大騒ぎを1人の車内で繰り広げていたという。今でこそ笑い話ですが、その時は正直半泣きでした(笑)
しかしまあ、引き返すことなく何とかたどり着けたから良かったよね。

白山神社(広島県庄原市)

寺社仏閣を詣でて神仏に願うというのは、「私はこの願いを叶えるため頑張ります」と神仏に誓うということじゃないかなーと私は思うんです。自分の願望を神仏に伝えるため言葉にすることで再認識し、行動を起こすためのひとつの儀式かなと。願い事を紙に書いたら叶うっていうのも同じでしょうね。願いを叶えるのも叶えないのも「自分」次第。
そう考えると、わざわざ2時間近くかけて(ちょっと迷いながら)県北まで行って神様に誓ったんだもの、もうちょっとやそっとじゃ引き返せないし止めることはできないよね。くじけそうになった時にはあの時の「米子」への案内標識を思い出して頑張ろう!って何やら決意を固めた私は神社を後にし、次なる目的地を目指したのでありました。 続く・・



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下宮 美智代

1973年10月10日生まれ。 広島県福山市、松永の洋服屋「下宮敏商店」の3代目ヨメです。 洋服屋のヨメですが着物も好きだったり、お店の中に本を並べて「みちよ文庫」を作ってみたり。楽しいことを求めて東奔西走。 きれいなものとお酒が大好き。 5歳の娘がいます。

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