石鹸で洗濯したら思いのほかスッキリしたというお話

どうにもこうにもお寒うございます。そのせいなのかアレなのか、人類は滅亡したんじゃなかろうか?と錯覚するほど、うちのお店周辺には人の気配のない今日この頃。最近はカイロ2枚貼りがブームの、松永の洋服屋ヨメみちよです。

石鹸洗濯始めました

ワタクシゴトですが、去年の12月ごろから石鹸で洗濯をしています。

洗濯物の重さを測って

洗濯に必要な洗剤(粉石鹸・重曹・過炭酸ナトリウム)を洗濯機に入れ、40度くらいのお湯で溶いて泡立て、そこに洗濯物を10分程度漬け置きしたら洗濯機で洗い柔軟剤代わりにクエン酸で仕上げます。
ちょっと時間がかかるし、お湯を洗濯機に溜めるためにシャワーを引っ張ってこなくちゃいけなかったりするのですが、石鹸で洗濯するようになって、洗濯物の手触り肌触りが格段に良くなったと感じていて(家族は何も言わないので、私の自己満足かも?)、まあ何にせよ、2ヶ月近く石鹸洗濯を続けているから私に合っているのかなーと思っています。

インテグリティに適っているのか?

もともと合成洗剤や柔軟剤の匂いが苦手だったこと、去年の夏から原因不明の湿疹に悩まされていたことなど、石鹸で洗濯をしてみようと思った理由は色々あるのですが、「インテグリティに適(かな)っているかどうかを考える」ことを教わったのが大きなきっかけになっていると思います。
「インテグリティに適っているかどうか」とは、ひとことでいうと、「自分が決めた自分の行動規範に誠実であるかどうか」ということです(と私は解釈しています)。この言葉は、かれこれ3年ほど私が学んでいる「個性學」の講師であり、また人生の先輩としても敬愛する村元治枝先生のオンライン講座で最近頻繁に使われていて、「倫理観」や「道徳観」とも少し違う、「自分が決めた自分の行動規範」というものにハッとして、以来意識しています。自分が何をするかは自分で決め(もちろん法に触れるようなことは除きますが)、それに従って行動をする。これって、簡単なように見えるけれど意外と難しくて、でもとても大事なことです。いわゆる「自分軸を持っている」「ブレない」って、こういうことなんでしょうね。
(「個性學」って何?って気になったら、以下の過去のブログをご参照くださいね〜)

納得していないなら納得できることをすればいい

で、その「インテグリティ」がどうなって私の石鹸洗濯に行き着くのか、ですが(誰も興味ないでしょうけど笑)
合成洗剤や柔軟剤の匂いを「苦手だなぁ」とか「本当はコレが使いたいわけじゃないんだよね〜」とか思いながら洗濯していることが、「インテグリティに適っているのか?」と自分に問うた時、「こんな納得していないことを言い訳しながら続けるなんて、私のインテグリティに適っていない!」と感じ、「それなら天然の洗剤で洗ってみればいいじゃない?ダメだったら変えればいいんだから」となり、石鹸洗濯に至るわけです。ヒトサマから見ると、たかが洗濯なんですが、「とりあえず」で誤魔化していることに罪悪感すら感じていた私は、これでずいぶんとスッキリしました。なんだー!こんなことならもっと早くにこうすれば良かった!って。

私の洗濯事情は日常生活の小さなことですが、仕事への取り組み方や生きる姿勢に対しても「インテグリティに適っているかどうか」を常に意識することで目的が達成できると、先生は仰っていました。確かにそうだと思います。「私はこうしたい」っていう思いに、どれだけ誠実になれるかで世界は変わるんですよね。って、「石鹸洗濯」について書こうとしていたのに、いつの間にか脱線?長文?になってしまいました笑。
何が言いたいのかというと、要は、私はどうしたいのかを私に確認し、それに基づいて石鹸で洗濯するようになったら、洗濯物も私のモヤモヤもスッキリしたということです。つまりはこんな風に、仕事も人生もスッキリ悔いなくやっていくわよーー!ってことです。
石鹸洗濯の詳しいことはまた後日ーー?

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下宮 美智代

1973年10月10日生まれ。 広島県福山市の西部、JR松永駅近くの洋服屋「下宮敏商店」のヨメです。 洋服屋だけど着物も好きだったり、店内に本を並べて「みちよ文庫」を作ってみたり。きれいなものとお酒が大好き。7才の娘がいます。